『青年の環』1・2巻

『青年の環』1・2巻
野間宏

結末近くで大道出泉がお酒を飲んだのは、どこだろうか。
突然思い出して、気になった。

奈良で奈良漬けで飲んで、大阪に戻って海鼠腸で飲んで、そして最後のシーンへ。

あれは、奈良のどこだったのか、大阪のどこだったのか。
奈良は、旧家の広い座敷だった。
大阪は、二階の狭い一室だった。

記憶は、間違っていた。
大阪で海鼠腸で飲むシーンは、2巻にあった。
立売堀にある一軒家の、二階でのこと。
涸れかけた川を渡っていく。
西横堀川だろうか。

そして、もう一つの記憶違い。
芙美子は生駒に住んでいると思っていた。
そうではなくて、生駒山のふもと、東花園駅瓢箪山駅付近だった。
矢花正行が、生駒山の航空灯台の灯りを見て、芙美子を思い出すシーンが2回ある。
それが印象に残って、芙美子と生駒が結びついたのだろう。

航空灯台は、昭和7年~8年にかけて整備された。
有視飛行時代、東京~福岡の夜間定期航空のために、各地に設置された。
夜間定期航空は、人ではなくて、郵便物等を運搬していた。
昭和12年、戦争のために燃料と乗員の確保が困難になり、夜間定期航空は中止された。
でも、夜間飛行はゼロにならなかったらしく、航空灯台は点灯され続けた。
昭和18年、防空上、点灯は中止される。

戦後は、天文博物館になった。
博物館は、平成11(1999)年に閉館。
建物は、平成28(2016)年に解体された。

『青年の環』は、昭和14年7~9月の話し。

夜間定期航空は既に中止にされていたけれど、灯台は、まだ光を放っていた。
矢花正行にとっての、芙美子という存在。

大道出泉の「光」のイメージは、全く違う。
……遺産、遺産、遺産という言葉が、彼のうちに夜空に明滅する電球のようにはっきり現れ、それはやがて、昼間も掛け忘れてねぼけたように点っては消える点滅装置の電球のように、力のないうす汚れたものになって行った。

それにしても、大道出泉は、どうしてそこまで両親を軽蔑するのか。
色々あるにしても、そこまではと思ってしまう。
それに、出泉自身も、誠実に生きているとも思えない。

昭和14年4月に、出泉の父親敬一が支社長を務める、日本発送電㈱が設立される。
設立の最大の理由は、国家総力戦体制を支えるため。

この国家総力戦に対する嫌悪が強いからだろうか。

親父は一年後にはもう意見を変えていて、国家管理も民有国営ならば許せる、あくまで民有をまもり国営をその上にすすめるのであれば、やはり考えなければならんと言い出したのだ。そう、そしてそれは別に親父の意見でも何でもなく、電力界が軍部と官僚におされて最後にとりあげた意見にすぎないのだ。

この感情は、かつての親友、矢花正行に対しても抱かれている。
戦争への嫌悪、軍人への嫌悪、帝国主義への嫌悪。
かつては、同じ感覚を抱いていた。
矢花がその感覚を失ったわけではない。
でも、流されていく以外の道は無い。
出泉の自殺願望は、流されていくことへの拒絶だろうか。
性病のせいで徴兵から免れるのでは、駄目なのだろうな。

大道出泉は、相手に不快感を与えたい時に、こてこての(?)大阪弁を使う。
その大阪弁は字面でしか分からないけれど、とてもいやらしい。