『再び草の野に』

『再び草の野に』
田山花袋
大正14年

明治36年4月。
羽生市に、東武伊勢崎線の「暫定」川俣駅が出来た。
明治40年8月。
利根川に鉄橋が掛かって、羽生市川俣駅は役目を終えた。

『再び草の野に』とは、何もない草っぱらに駅が出来て、街が出来たけど、通過駅になってしまったら、街が無くなって、草っぱらに戻ったということ。

4年4ヶ月の間に、その街にあった、色んな恋愛模様が語られる。

無常観もあるけれど、たくましさもある。
人間、生きている間は、どうにか生活していこうとする。

Kは、その後、生きながら生活を放棄した人生を送ったのだろうか。

小学校の先生の日記が引用されている。
街が無くなった後のは創作だろうけど、それ以外は、『田舎教師』の青年の日記?

街は廃墟群になったのではなくて、実際、草っぱらに戻ったのだろうか。
家が取り壊されるとあったけれど、みんなにそうする経済的余裕があったのか。
鉄道会社が費用を負担したのか。

詩のような小説。

出てくるお寺は、千手院?
Rの渡頭の「R」は、どこの頭文字?

 

ROIKI&イヌイジュン

2022年9月20日(火)
池袋 バレルハウス
ROIKI&イヌイジュン

最初の3曲、ROIKIさんのソロ。
その後は、イヌイジュンさんと。

ルーズな感じのROIKIさんの音に、ドラムの的確なリズムが加わると、全然違う感じ。

最後は、アンビエント?な、最先端?で流行りの…?
「HAIL HOUND ON MY TRAIL」。

ROIKIさんのあの声が、音のよう。
ROIKIさんのギターが、なんかとても自由。
3つの音の絡まりが、とても気持ちよかった。

ここに、夜久さんのギターが絡んだら!!
…と、思わずにはいられなかった。

ROIKIさんソロの3曲目は、何というタイトルだろう。
ギターの音が好きだった。

「death letter blues」(というタイトルだったと思う)も、素敵だった。


当時は、スターリンは全然好きではなかった。
でも、ミチロウさんのソロが大好きになって…。

イヌイジュンさんの演奏を体験しているのが不思議だった。

パンクのイメージは「直線」だけれど、イヌイさんの演奏もお喋りも、全然、直線ではなかった。

また、聴きたい。

 

 

ザ・ストゥージスの「we will fall」。
よくこれを商品化したな、60年代。

 

 

『田舎教師』

田舎教師
田山花袋
明治42年

こんなにさみしい小説だったけ。

主人公は、実在した青年。
明治37年に、21歳で病死した。

一つのさみしさを乗り越えると、新しいさみしさが待っている。
そんな人生だった。

田山花袋は、青年に面識があった。
そして、青年が遺した日記を読んで、小説にした。

自分と同様に、貧しい家に育った青年へ、寄り添う思い。
日露戦争に、記者として従軍して目の当たりにした、青年たちの死。

これらが、多分、執筆の動機。

小説の青年が亡くなったのは、明治37年9月7日。
9月4日に日本軍による遼陽占領があり、青年の住む埼玉県羽生市で、それを祝う提灯行列があったのが、9月7日。

田山花袋は、この夜を、青年の死に定めた。
でも実際には、青年は、同年の9月22日に亡くなった。

『東京の三十年』の中で、田山花袋は、青年が中田遊郭に通ったのは創作だと記している。
でも、青年の死は、提灯行列の日とされたまま。

さらに、青年は、死の前日まで日記を書いていたとある。

…提灯行列の日から、9月21日までの日記があるのだろうか。
あるのだとしたら、読んでみたいな。

いくつものさみしさを乗り越えていった青年が、大きな転機となったさみしさを経験した時、日記に書いた言葉。

絶望と悲哀と寂莫とに堪え得られるようなまことなる生活を送れ

明治時代の一青年の大袈裟な感慨と片付けて済まされない言葉。
人間の永遠の課題かも。

 

 

橋の下世界音楽祭 4

橋の下世界音楽祭 4

 

ミチロウさんが素敵だと言っていたから、気になっていた「橋の下」。
でも、詳しいことは何も知らなかった。

中心になってやっているのが永山さんという方だということは、漠然と知っていた。

永山さんは、AZUMIさんのライブの最後に、ステージに上がった。
ミュージシャンなのだと知った。
ホテルへの帰り道、「タートルアイランド」というバンドをやっていることを知った。
ステージを見なかったの?と、少し驚かれた。

見なかったよ。
ホテルで、2時間ドラマを見ていたよ。
内田康夫原作の、信濃刑事コロンボシリーズ。

帰りの新幹線で、今更だけれど、「開催声明」を読んだ。
家に帰って、YOUTUBEで、タートルアイランドを見た。

橋の下に行って、これを見なかった私は、すっとこどっこいだ。

 

切腹ピストルズの陶酔感、OKI BANDの陶酔感、ノンパリの陶酔感、ガムランの陶酔感。

OKI BANDの時、あの骸骨たちが客に交じって踊った。
空を背景に、踊る骸骨たち。

作り方の工夫なのか、手踊りをしているみたい。

招かれて、私も両手を差し伸べて、揺れて、気持ちよかった。


土曜日、会場に近づくと聞こえてきた音楽が、いい感じだった。
入場して、音楽の方へ行こうとしたけど、ぬかるみのドロドロに怖気付いた。

あれは、KAMOSUというバンド。
リベンジしたい。

 

橋の下世界音楽祭 3

橋の下世界音楽祭 3

「幻燈座」

OKI BANDを見た後、宿に戻って休んだ。
「幻燈座」をSAFIさんから見ようと向かったら、一番目の出演者さんの終わりの方だった。

 

一時間以上押したらしく、おかげで、知久さんから楽しめた。
生「らんちう」に感動。

「月がみてたよ」の歌詞とメロディが良い感じで、家に帰って調べた。

 残したいのは 名前じゃなくって
 名前の前の 名前のない何かそのもの 
 を 月がみてた 月がみてたよ

 

デリシャススィート。
しょっぱなの、「は」「ま」「じ」「り」の失敗から、かわいかった。
なんか、ゴールデンハーフを思い出した。

 

あおき。
こういう凄い芸人さんがいるんだよね。
凄いことをやっているのに、緩いのが、また凄い。

 

SAFI。
奥に座っていたので投げ銭しにくく、受け取ってと差し出したら、そうじゃないみたいな感じだった。
それで、手を伸ばして、谷間に差し込んだ。
ちょっと、おっぱいに触れてしまった。

柔らか~💗

今度は、ベリーダンス、見たい。

 

優作さん。
深夜に聴く「眼鏡橋」、沁みる。
どの歌も、いつの間にか、お客さんたち、歌っている。
優作さんのワンマンライブには行ったことがない。
こういう、温かい感じなんだろうな。
缶コーヒーを買うのを我慢することとか、みんな自分のことのように感じられるんだろう。

 

AZUMIさんは、赤い鉢巻きをしめていた。
色は違うけど、バカボンのパパみたい。

壁(?)際に座っていたせいか、虫たちの鳴き声がよく聞こえた。
夜間戦闘で、吹っ飛ばされた兵隊のイメージがわいた。
武器の破壊音が消えて、自分が叩きつけられた地面から、虫のすだきが聞こえてくる。
故郷の、夏の夜の匂い、音と声、気配に抱かれる。
終わりという、解放。

AZUMIさんの一曲目、ライブで聴くことの少ない、古い歌だった。
聴いている時は、「アレ」って覚えていたのだけれど、思い出せない。
「会わずに笑って」か「もしもおいらが」だったような。

最後は、優作さんと永山愛樹さんも一緒に、「石」。
いつも、「革命」という言葉が浮かぶけど、この夜は「闘争」が浮かんだ。
永山さんの影響だろうか。
「近づいてないとは思わない」って、勝ちに行く感じ。

 

橋の下世界音楽祭 2

橋の下世界音楽祭 2

 

土曜日はドロドロの地面に怖気づいて、離れたところから、ほぼ音だけ楽しんだ獅子舞。

日曜日は、最前列で見た。

お尻狙いだったので、正面ではなく、後方から。

 

韓国、沖縄、中国、インドネシアと楽しんだ後、最後、4頭(?)の獅子が勢ぞろいした。

 

韓国の獅子は茶目っ気があって、右隣の中国の獅子にちょっかいを出して、かわいい。

 

最後は、全部の音楽が流れ演奏される中、4頭の獅子が舞った。

(中国は演奏していなかった。遠慮しないで、自分たちのリズムを叩けば、それで絶対に合ったと思う。もったいない)

 

今回のフェスで、一番感動したのが、この時。

「平和」を感じられた。

 

韓国の獅子は、とにかくかわいかった。

「僕はすごいんだぞ。エッヘン」って、歩き方をする。

この獅子の昔話とかありそう。

 

ノリパンの演奏と獅子舞。

韓国の、農村の村祭りを見ているみたいだった。

 

沖縄の獅子は、韓国の獅子と、ほぼ同じ構造なのだそう。

繋がっているねぇ。

沖縄の獅子は、体は韓国で、顔は日本。

 

で、動きは、猫。

 

韓国と沖縄の獅子は、尻尾が動くのがかわいい。

それで、お尻を楽しむべく、後方から見た。

 

韓国と沖縄の獅子は、動物っぽいのだ。

 

中国の獅子は、アクロバティック。

人間が、技を極める感じ。

 

インドネシアの獅子舞は、原始宗教。

 

獅子の前足が独特な動きをする時と、ガムランが高揚する時が一致する。

この時の感覚が、なんとも言えない。

 

草原ステージの深川バロンも体験したかったけれど、帰ることにした。

いつか、悪魔と獅子の戦いの舞を見たい。

 

 

橋の下世界音楽祭 1

橋の下世界音楽祭 1


初めましての、和太鼓奏者の渡邊健吾さん。

太鼓は、切腹ピストルズが背負っているような薄形太鼓の、大きいもの。
それが、地面に置いた台に、立てて据えられてある。
…神社の鏡のように。

渡邊さんは、自分の頭より高い位置にある太鼓を、腕を上げ、ちょっとのけぞり気味に叩く。

太鼓を前に、ガッと股を割って、素足で地面に踏ん張った瞬間、かっこいい!と思った。

あの態勢で巨大太鼓を叩くのは、とても力がいると思う。
踏ん張る素足に、相撲のがっぷりよつを思った。

私の後ろに青年2人がいて、時々、「かっこいい…」とため息をついていた。
そして、演奏が終わった時、どうやったらああいう筋肉になれるのか話していた。

渡邊さんは、上半身裸で、叩いていた。

私も、演奏終盤近くに、筋肉に目がいった。
肩と上腕に、くっきりときれいな筋肉がいくつも浮き出ていた。

贅肉も、無駄筋肉も無い。
でも、ガリガリに痩せてもいない。

美しかった。

心が浮き立つような打ではなくて、「道」のような一途さ、ひたむきさを感じた。
侵しがたいような、神聖さも。

私が神主だったら、一年に一回、神社で叩いて欲しいと思った。
あと、山の中で聴いてみたいとも思った。

演奏後の挨拶は、とても好青年だった。

コーヒーの焙煎士でもあるそうで、希望する人にはレギュラーコーヒーの粉を進呈とのことだったので、いただいた。
飲むのが楽しみ。


そのあと、木遣り唄。

何故、伊勢音頭が日本中にあるのか不思議。
伊勢参りの土産で、覚えて帰って、歌っているうちに、その土地の民謡になったのか。
それだけ、伊勢参りというのは、日本人みんなに大人気のイベントだったということか。

でも、もう一個の伊勢音頭、古市の遊女たちの歌と踊りは残らなかった。
なんで、こっちは残らなかった?