『声』

『声』

アーナルデュル・インドリダソン

訳・柳沢由美子

創元推理文庫

 

「 …… 弟ではなくおれが生還したことに罪悪感を感じてきた。あれ以来、おれは責任を引き受けることを避けてきたという気がする。おれは両親に無視されたというわけではなかったかもしれない。おれがおまえとシンドリを無視したのと同じとは言わないが、おれはもう意味のない存在になってしまったように感じた。実際そうだったのかどうかはいまではけっしてわからないが、山から生きて戻ったときおれはそう感じた。そしてその気持ちが変わらずにずっとおれの中にあるのだ」

 

「絶望の中から立ち上がろうと思わなかったわけではない。おまえのお母さんに出会ったときおれはそう思ったのだから。だが、その代わりにただおれは、穴を深く掘ってその中に潜り込んだ。そうするほうが楽だったから、そうすれば自分が守られると思ったからだ。おまえが麻薬をやるのと同じだよ。楽になるからだ。その中にいれば安全だと思うからだ。知っているだろう、おまえも。どんなにほかの人を苦しめても、人はやっぱり自分がいちばんかわいいんだ。楽になりたい、助かりたい。だからおまえは麻薬をやり続ける。だからおれは吹雪の中に穴を掘って潜り込むんだ。何度でも」

 

「ほかにもっといい説明の仕方があるのかもしれないけど、わたしにはこうしかできない。人は固まった生活に自分を閉じ込めてしまうことがあるということ。それもずっとあとになってみると、本当に些細なこと、重要ではないことを根拠にして。どうでもいい、小さなことを、さも重大なことと思い込んでしまって」